2020/08/05 19:00

こんばんは。Lemuriaの辻本です。

いつも記事を読んでいただきありがとうございます。

今回は、「自己重要感」(自己肯定感)についてお話したいと思います。


そもそも「自己重要感」とは、読んで字の如し、自分のことを重要な存在だと感じる感覚のこと。

自己肯定感って言われたりしますね(厳密には定義が異なるようですが、この記事では簡単のため同じと考えます)。

残念ながら、日本では、教育によってこの自己重要感が削ぎとされています。

自己重要感についてお話する前に、この言葉の理解に不可欠な、他人軸・自分軸についてお話させていただきます。



1、他人軸

まず、「他人軸」とは、評価基準を他人に置くことを言います。

学校教育では、まさに他人軸の洗脳を受けますね(笑)

例えば、ちゃんと先生の言うことが聞けて偉いね、だとか、成績が良くてすごいね、だとか。

また、団体で行動することを良しとされ、ルールからはみだした者は指導・処罰の対象となります。

さらに、中学・高校に学年が上がれば、成績の点数化が始まり、合格と言う画一的な基準に向かって、

他者との比較による競争が激化します。

偏差値・点数と言う極めて狭義のモノサシで人間の価値が測られ、敗北した者は無価値であることを突きつけられます。


このように、自分の外側、すなわち、他人からの評価基準に合わせた生き方が正しいとされるのです。

もちろん、この他人軸評価制度は、学校を卒業した後も、そのまま大人社会にシフトします。

例えば、上司の言うことを聞ける部下は評価が高いだとか、上長への報告はフォーマットに従えだとか、

さらに大企業に就職できた優越感であったり、年収ランキングであったり、出世競争であったりと、

他者との比較による価値の序列も続きます。

外、外、外、、、全て外側を基準とした価値基準で動いています。

そこには「自分はどう思っているか?」と言う内的な物差しは一切ありません。

他人軸で生きている人は、自分と離れた人からの評価は高いにせよ、当人の心は満たされませんから、

自分自身や、家族や身内に厳しい傾向があります。

また、自分の心は無理をしていますから、自分の気持ちにしたがって自然体で生きている人に、不快感を示します。

それどころか、自分が正してあげなければならない、との認識から、自分軸で生きる人を「矯正」「教育」しようとします。

定型とされるルールからはみ出した場合に「間違い」を指摘し、

自分が今まで叩き込まれた「正解」に導いてあげようとするのです。



2、自分軸

反対に、「自分軸」とは、評価基準を自分に置くことを言います。

自分がやりたいからやる、自分がいいと思うから買う、自分が好きな人だから一緒にいる、など。

自分の内面を基準として行動していますから、心は満たされ、他人の評価により人生が揺らぐことはありません。

また、自分は満たされていますから、自然と他人に優しくできます。

すなわち、自分軸の人は、他人による評価を求めて親切にするのではなく、

ご機嫌である結果として、倫理・ルールを守ることになるのです。


さらに、自分軸で生きている人は、他人に注意しようとも思いません

なぜなら、他人を正せるような評価基準(他人軸)を持ち合わせていませんから、

その人がどう行動しようが自由と考えるからです。

自分に攻撃をしてきた場合には、降りかかる火の粉を跳ね除けると言う意味で、毅然と主張を行うことはありますが、

相手を自分の都合のいいようにコントロールしようとは考えず、今後その人と距離を取ろうとします。



3、自己重要感と他人軸・自分軸との関係

以上より、他人軸の人=他人に認められない自分には価値がないと感じている人=自己重要感の低い人と言えます。

反対に、自分軸の人=他人がどう思おうがどうでもいい人=自己重要感の高い人、と言えるでしょう。

言い換えれば、自分に価値がないと考える人は、誰かが立てた基準に頼らないと不安なので、他人作った物差しをあてにしますが、

自分が重要である・価値があると考えている人は、自分に自信がありますから、他人の評価基準に依る必要がないのです。


さて、他人軸の人=自己重要感の低い人は、他人にルールを押し付ける傾向にありますから、

注意と言う名の下、相手を「コントロール」しようとする、というお話をしました。

これを自己重要感の不足という観点から説明すると、

他人軸人間は「自分を重要だと認めて欲しい」という心を秘めているから注意するのです。

とすれば、このような他人軸の方への対処法は、その人の自己重要感を満たしてあげること。

あなたの意見は正しい、あなたの存在は重要である、と示してあげれば良いのです。

そうすることで、その人の心は(一時的に)満たされ、他人への干渉は止みます。


例えば、仕事のやり方で上司に注意を受けた場合、

・「ご指摘いただだきありがとうございます。そのような視点はありませんでした。今後気を付けます。」

と反応すると、上司は自分の意見をわかってもらえたと捉え、自己重要感は満たされますから、

それ以上何も言わなくなるでしょう。

反対に、

・「いや、自分としては〜という理由でこういう行動をとりました。」とか、

・「わかりました。」と口だけ従って反抗的な態度をとれば、

上司は自分の意見がわかっていないと捉え、より強力な方法を用いて指導(コントロール)してくることが考えられます。

結局は、その上司は、自分が正しく、重要な存在であると認められたいのです。



4、Lemuriaの目指すところ

そのそも、この世が人の目を気にする人にあふれ、他人軸評価社会が蔓延っていたとしも、私としては別に構いません。

しかし、少なくとも自分の周囲にいる人には、自分軸中心で生きて、幸せであってほしいし、そんな人たちに囲まれて生きたいな、と思うのです。

さらに、そんな人がたくさん増えれば、他人に干渉することなく、みんなが満たされた素敵な社会になるのになぁ、とも思うのです。

小さいところですが、まずは自分自身が、自分軸で生き、表現していく。

それを刺激として、同調してくださった方と一緒に、幸せなコミュニティーを形成していきたい。

私たちはそんな風に考えています。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

これを読んでくださった方が幸せでありますように。